浦和地方裁判所川越支部 平成元年(ワ)4号 判決 1989年9月13日
本訴原告(反訴被告) 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 浜野歳男
本訴被告(反訴原告) 乙山一郎
右訴訟代理人弁護士 金口忠司
主文
一 本訴被告は本訴原告に対し金三〇四万八五三八円及びこれに対する昭和六三年九月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 本訴原告のその余の請求を棄却する。
三 反訴被告は反訴原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年九月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 反訴原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を本訴被告の負担とし、その余を本訴原告の負担とする。
六 この判決は、主文一項と三項について仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 被告は原告に対し金六〇九万七〇七七円及びこれに対する昭和六三年九月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言を求める。
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 反訴被告は反訴原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和五八年九月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。
3 仮執行の宣言を求める。
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 反訴請求を棄却する。
2 反訴費用は反訴原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴請求の原因
1 原告と被告は昭和四六年七月八日より昭和五六年九月八日までの間婚姻関係にあったものである。
原告は、昭和五四年七月二〇日頃より昭和五五年八月二〇日頃にかけて、株式会社日興証券新潟支店(以下日興証券という)において、別紙目録(一)記載の七本の額面総額三〇〇万円の利付国債を購入し、その証券を同社に保護預けにし、その預り証を保持したまま現在に至っている。
原告は右購入にあたって、いわゆるマル優限度額の三〇〇万円の別紙目録(二)記載の利付国債を保持していたところから、右証券会社の担当者の勧めもあり、利息に対する税金対策のため、当時夫であった被告に無断で、その名義を借りて被告名義で購入した。しかし、このことは一切被告に知らせずにおいた。
2 更に原告は、別紙目録(一)(二)記載の利付国債の利息を活用するため、別に被告名義(これも被告の了承を得ず無断である)の口座を設け、そこにそれらの利息を入れて、公社債投信コースマネービルとして運用してきた。
3 原告は離婚後も、前記国債の各満期まで、名義も預け入れ先もそのままにしてきたところ、被告は昭和六二年頃、偶然、前記自己名義で購入された国債と公社債投信コースのマネービルのことを知り、それを奇貨として、それらは自己の名義にはなっているものの自己のものでないことを十分承知しながら、自分のものとして国債は売却処分し、マネービルは解約してその売却代金および解約払戻金を手に入れようと考え、右証券会社にはそれら国債の預り証を紛失した旨虚言を弄するなどして、昭和六二年六月一五日同証券会社より左記のとおり元利合計六〇九万七〇七七円の支払を受け、右金員を不法に領得し、原告の前記国債およびマネービル積立金を横領し、その結果原告は、右支払額と同額の損害を受けた。
記
(1) 利付国債 一〇年二〇回 一〇九万五二二三円
(2) 利付国債 一〇年二一回 四九万七七八二円
(3) 利付国債 一〇年二二回 八二万五五六九円
(4) 利付国債 一〇年二三回 一一万二五二七円
(5) 利付国債 一〇年二七回 五万七三六〇円
(6) 利付国債 一〇年二九回(八月、九月) 七五万九九〇三円
(7) 公社債投信コース(マネービル) 二七四万八七一三円
合計 六〇九万七〇七七円
4 債権侵害による不法行為
原告は前記1の契約から、日興証券に対し、届出印鑑による書類処理と原告が保持しているそれらの預り証と引換えに、原告が購入し保護預けした別紙目録(一)記載の国債そのものの返還ないしはそれを売却した売却代金を請求し得る地位にある。また前記2の契約から、日興証券に対し、届出印鑑による書類処理により、その対象である公社債投信コースマネービル口座を解約しその払戻金を請求し得る地位(以下それら両方につき右請求し得る地位にある者を本件国債等の権利帰属者という)にあったところ、被告はそれら両方の名義がたまたま自己になっていることを知るに及んで、本件国債等の権利帰属者でないにもかかわらず、日興証券に対しそのように振舞い、勝手に前記国債を売却処分し、前記マネービルは解約して、その売却代金三三四万八三六四円および解約払戻金二七四万八七一三円合計六〇九万七〇七七円を昭和六二年六月一五日に入手した。
そのため被告は、原告が日興証券に対し有した、前記各権利を侵害し、原告に対し右同額の損害を与えた。
5 不当利得の予備的主張
仮に、不法行為の主張が理由がないとしても、請求原因1、2項のとおり日興証券と契約をしたことにより、原告は日興証券に対し、届出印鑑による書類処理と原告が保持しているそれらの預り証と引換えに、原告が購入し保護預けした別紙目録(一)記載の国債そのものの返還ないしはそれを売却した売却代金を請求し得る地位にあり、また前記2の契約にもとづき届出印鑑による書類処理によりその対象である公社債投信コースマネービル口座を解約しその払戻金を請求し得る立場にあった。
ところが被告は、それら両方の名義がたまたま自己になっていることを知り、法律上何らの権利がないにも拘らず、それら両方を自分のものとして、原告の了解もなしに、前記国債を売却し前記マネービルは解約して、その売却代金三三四万八三六四円および解約払戻金二七四万八七一三円合計六〇九万七〇七七円を昭和六二年六月一五日に入手し、同額の利得をえた。そのため原告は、被告の行為によって右各請求権を失うにいたり同額の損害を蒙った。
6 よって、原告は被告に対し、前記不法行為による損害賠償請求或は不当利得として金六〇九万七〇七七円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和六三年九月一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 本訴請求原因に対する認否と主張
1 1、2の事実は認める
2 3は日興証券から、その主張のとおり支払を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
目録(一)記載の国債は被告のものである。
即ち、被告が本件の国債等を処分したのは、離婚後七年も経過しており、しかも、被告は原告に離婚に際し、財産分与をしているのであるから、目録(一)の国債は、当然被告のものとなっている。
仮にそうでないとしても、本件(一)の国債は原被告が婚姻中に、婚姻費用からの支出によって取得したものであり、被告名義である。しかも離婚後七年もたっていることから、被告のものと信じて処分したものであり無過失であり、不法行為となるものでない。
3 4の主張は争う。
日興証券との関係では原告主張のとおりかも知れないが、原告と被告との対内関係では別異に考えるべきであって、原告に対する権利侵害とはならない。
4 5の事実は否認する。
5 本件(一)、(二)記載の国債等は、反訴請求原因で主張しているとおり、夫婦の共有財産(民法七六二条)であり離婚に際し、財産分与の対象とすべきものであった。そして、離婚からすでに二年を経過しているので、被告の単独所有となったものである。
三 反訴請求の原因
1 反訴被告(本訴原告、以下原告という)と反訴原告(本訴被告、以下被告という)は、昭和四六年七月八日より同五六年九月八日までの間、婚姻関係にあった。
2 原告は、右婚姻期間中の同五二年一一月二一日頃より同五四年七月二〇日頃にかけて、株式会社日興証券新潟支店(以下日興証券という)において、別紙目録(二)記載の六本の額面総額三〇〇万円の利付国債を原被告間の婚姻費用により原告名義で購入した。
3 これにより、被告は少なくとも原告との関係では、右国債につき二分の一の共有持分権を取得した(民法七六二条)。
4 原告は、右購入の際も離婚に伴う財産分与の協議の際にも、被告に右国債の存在を知らせなかった。
すなわち、原告は、右国債は原被告ら間の婚姻費用からの支出により購入したものであるから、離婚の際には、(そうでなくとも離婚後二年経過前に)、右国債の存在を被告に知らせて、財産分与の協議の対象にすべき義務があるのに、原告は故意または過失によりこれを怠ったのであるから、これは、被告に対する権利侵害行為となる。
5 このため、被告は、離婚後二年以内に右国債についての財産分与請求権を行使することができず、二年の経過とともに右共有持分権を喪失せしめられた。
6 右二年経過の時点の右国債の価値は金三〇〇万円を下らず、したがって、その共有持分権の価値は金一五〇万円を下らない。
7 仮に前記の主張が理由がないとしても、原告は離婚の際原告名義の右国債の預り証、届出印鑑を被告に知らせず持出し、被告が二分の一の持分を有する国債を拐帯横領した。
右拐帯横領当時の国債の価格は三〇〇万円を下ることはない。
8 よって、被告は原告に対し、右共有持分権侵害の不法行為による損害賠償金一五〇万円及びこれに対する共有持分権喪失の日である昭和五八年九月八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 反訴請求原因に対する認否
1 1は認める。
2 2は、婚姻費用から購入したことを否認し、その余の事実は認める。
3 3は否認する。
4 4は、被告に知らせなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。
5 5は争う。
6 6は三〇〇万円を下らないことを認め、その余は争う。
7 原告の主張
本件(二)の国債は、原告が婚姻前から有していた一〇〇万円以上の金と、原告が、被告が経営していた乙山工業所に勤めた収入月額金一三万円と家計費四〇万円の中から残った金員で購入したものであるから、原告の特有財産である。
第三証拠《省略》
理由
第一本訴について
一 本訴請求原因1、2の事実については当事者間に争いがなく、同3、4の各事実についても、被告が事前に、別紙目録(一)の国債の存在を知っていたか否かの点とその法律上の主張の点を除き当事者間に争いがない。
右のとおり別紙目録(一)記載の国債等は、原告が、自分で日興証券から被告名義を用いて購入し、そのまま保護預けにしていたものであるが、被告はこれを解約等して日興証券から金六〇九万七〇七七円を受領したものである。
二 《証拠省略》と当事者間に争のない事実によれば、
1 原告は被告と婚姻後は、被告が経営していた有限会社乙山工業所で経理事務等を担当して月給約一三万円位を得ていたが、その外に、被告から渡される約四〇万円の月給を住宅ローンの支払や生活費に充当し、その残りのお金で(一)の国債等を購入していた。
2 原告と被告は昭和五六年九月八日協議離婚をしているが、原告は離婚に際し、被告から当時の自宅(乙第四、第五号証記載の土地、建物、但し住宅ローンつきのもの)と預金の半分(約三〇〇万円あったのでその内の一五〇万円位)を財産分与として受領をしている。
尚、原告は右財産分与についての協議の際には、別紙(一)、(二)の国債等の存在については、被告に秘していた。
したがって、被告はこれが存在については全く知らなかったが、被告が(一)の国債の存在を知ったのは、離婚してから二年以上経過(財産分与請求権についての除斥期間の経過後)した後のことである。
以上の事実が認められる。
右認定の事実によれば、別紙目録(一)の国債((二)の国債は勿論のこと)は、原告が、被告名義ではあるが日興証券から購入し、そのまま保護預けにしておいたものであるから、その権利者は原告ということになる。
三1 被告は本件(一)の国債等は被告名義のものであり、被告がこの国債等の存在を知ったのは離婚後二年以上経過してからであり、従ってその時点では、すでに財産分与についての二年の除斥期間を経過しているから被告の所有となったと主張しているが、右理由からでは、本件(一)の国債等が被告に権利が帰属したと解することはできない。
2 しかし、前記認定の事実からすれば、本件(一)の国債等は、原告が、被告との婚姻中に生活費等の剰余金の中から購入しているというのであるから、婚姻中であれば民法七六二条二項にいう夫婦の共有財産に属するものであったと認めるのが相当である。
3 ところで被告は、反訴で主張しているとおり、(一)の国債等は、共有財産であるのであるから、離婚に際しては、財産分与の協議対象とすべきであったのに、原告はこれを秘していたことにより、共有持分権或は財産分与請求権の行使を除斥期間の経過によって、消滅させられたのであって、このことは原告の被告に対する権利侵害に当ると主張しており、このことは結局、被告が日興証券から支払を受けた金員の全額について、原告が損害賠償請求を行使することは、民法七六二条、七六八条の趣旨から権利濫用ないしは信義則違反であると主張しているものと解されるところ、(一)の国債等の購入経過や財産分与についての協議の経過が前記認定のとおりであることからすると、被告に対し、同人が日興証券から支払を受けた金員の全額についての支払を求める原告の請求は民法一条の趣旨に反し許されないものと解するのが相当であり、したがって、被告のこの点の主張は肯認できる。
4 そして、(一)の国債等が本来は二分の一宛の共有であったことからすると、原告の本訴請求は、被告に対しその二分の一に当る金三〇四万八五三八円の支払を求める限度で正当と認める。
第二反訴について
一 反訴請求原因1の事実は争いがなく、同2の事実については、原告本人尋問の結果によって、前記第一の二の1、2の事実のほか、次の事実を認めることができる。
原告は被告と婚姻する前は働いており、一〇〇万円以上のお金を持って婚姻し、(二)の国債の購入資金の中には、この一〇〇万円分のものも含まれているが、その余の二〇〇万円分のものは前述のとおり婚姻中の生活費の剰余金の中から購入したものである。
二 そして、原告と被告の離婚の経過については、本訴で認定説示したとおりであるから、(二)の国債中金二〇〇万円分については夫婦の共有財産に属しており、したがって、離婚に際しては財産分与の協議対象とすべき財産であったことになる。
しかるに原告は被告に対しそれを秘していたことから、被告は原告に対する共有持分権ないしは財産分与請求権の行使をする機会を失なってしまったことになる。
そうすると、原告の右行為は、被告に対する共有持分権侵害の不法行為ということになる。
三 右認定の事実からすると、被告の反訴請求は、原告に対し金二〇〇万円の二分の一である一〇〇万円の支払を求める限度で正当ということになる。
第三結語
以上説示したとおりであるから、
一 原告の本訴請求は、被告に対し、金三〇四万八五三八円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余を失当として棄却する。
二 被告の反訴請求については、原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和五八年九月八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却する。
三 訴訟費用の負担については、民訴法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言については同法一九六条を適用する。
四 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 荒川昂)
<以下省略>